|
13世紀までにカンボジアはアンコールを築いた王国であった。アユタヤ王国の侵略によりそれを手放した。その後は隣国の侵入が続き、首都をプノンペンに移した後、フランスの植民地が始まり、やっとアンコール周辺を取り戻した。独立後、ベトナムも介入した内戦が続き、1975年から1979年にかけて共産主義政党クメール・ルージュの独裁者ポル・ポトの政権下で国内で当時の人口のおよそ三分の一にあたる200万人とも言われる途方もない規模の大虐殺が行われた。
1990年6月4日5日、東京でカンボジア各派が参加する和平に向けた直接対話の場として「カンボジアに関する東京会議」が開催された。続く1991年10月23日、カンボジア和平パリ協定が開催され、最終合意文章(
"国際連合カンボジア暫定統治機構
(UNTAC)" の設置、武装解除と内戦の終結、難民の帰還、制憲議会選挙の実施など)の19ヶ国による調印に達した。ここに、20年に及ぶカンボジア内戦が終結した。
|